「ハックルベリイ・フィンの冒険」(トウェイン)①

よし、それじゃあ僕は地獄へ行こう

「ハックルベリイ・フィンの冒険」
(トウェイン/村岡花子訳)新潮文庫

トムとの冒険の末に
大金持ちになり、
ダグラス未亡人の
養子となったハック。
それを聞きつけた父親が現れ、
彼を連れ去り監禁してしまう。
父親の元を抜け出した彼は、
屋敷の使用人であった
黒人・ジムと出会い、
一緒に逃亡する…。

言わずと知れた
米文学史上最大の傑作であり、
「トム・ソーヤーの冒険」の続編です。
しかし本作は、
「トム―」ほど単純に
読み進めることができない一冊です。
冒頭と終盤にトムが登場し、
「トム―」との整合性が
つくられていますが、
正真正銘、大人向けの小説です。

何度読んでも味わい深いのは、
黒人奴隷ジムの所在を、
持ち主に報告するべきか否か
ハックが迷う場面です。
奴隷であるジムは
所有者・ワトソン夫人から逃亡を図り、
偶然ハックと合流しました。
当時のアメリカでは、
黒人は「もの」に過ぎません。
拾った「もの」は所有者へ返すのが
「道徳」であり「善」なのです。
しかし、ハックは
これまでのジムとの繋がりを思い返し、
ジムを奴隷に戻さない決心をします。
「よし、それじゃあ僕は地獄へ行こう」
ハックにとってこの一言は、
主の教えにあえて背くという決意であり、
「悪」を実行する覚悟であり、
身を切るような悲壮な決断であるのです。

これは社会一般の
道徳観や常識にとらわれず、
ハックが自らの心の中に
内在する倫理に基づいて、
自分の意思と行動を決定した
輝かしい瞬間だと考えます。
学問も教養もない、
ましてや人生経験の乏しい少年ハックが、
人間として最も正しい判断が
できているのです。
だから私はこの場面が大好きで、
何度も読み返してしまいます。
そしてだから私は
このハックの物語が大好きなのです。

この作品が書かれてから
100年以上が経ちます。
進歩した私たち人類は、
そこから何を学び取ったのでしょうか。
もしかしたら
何も学んでいないのではないだろうか。
そんなことをつい、
考えてしまいます。

この国を顧みるに
「原子力こそ
世界のエネルギーを救う切り札」
「日本の安全を守るために憲法九条を改正」
「日米安保は日本の生命線であり
基地の辺野古移設は必要」…。
そうした大勢に、
常識や多数意見や
経済的価値にとらわれず、
純真な人間の心からNOと言える、
つまり
「よし、それじゃあ僕は地獄へ行こう」と
言えるハックが、
現代の世の中に何人いることか…。

100年を過ぎた世界にまで
影響を与え続ける本作品。
中学生高校生へ薦めたい一冊です。
そして大人の方々へ、
再読を勧めたい一冊です。

※なお、新潮文庫版の訳者はあの村岡花子。
 彼女がどんな気持ちで本書を訳したのか、
 資料を探している最中です。

(2019.1.8)

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